Management Issue Vol. 1

サステナビリティの価値への気づきが
「変革のスイッチ」に。

〜Special Talks〜 渋澤 健氏
渋澤 健氏 コモンズ投信株式会社 取締役会長

複数の外資系金融機関でマーケット業務に携わり、2001年にシブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名)。経済同友会幹事。UNDP(国連開発計画)SDGs Impact運営委員会委員など。著書に「渋沢栄一 100の訓言」等。

40歳の時、会社立ち上げの際に渋澤栄一の本を改めて読んで「凄い」と感じた

高橋
久方ぶりにお会いできて嬉しく思います。改めて、『論語と算盤』経営塾(※1)ではお世話になりました。塾生として様々なことを学ばせていただきました。
※1
『論語と算盤』経営塾:シブサワ・アンド・カンパニー主催で今年12期目を迎える勉強会。「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一の思想『論語と算盤』をグループディスカッション等も交えて読み解き、専門分野や会社の枠を超えた気づきの提供や、 組織運営および人生に大切な資質と教養を育むことを目指して開催されている。
渋澤
初めてお会いしたのは、高橋さんがうちの塾に5期生として参加された時ですから、かれこれ7年ほどになりますね。今日は「社会のHappiness」がテーマだということでしたから、興味津々でうかがいました。
高橋
昨今ではSDGsが話題に上ることも多いため、たくさんの企業が社会貢献というビジョンやミッションを掲げるようになりましたけれども、私としてはそうした時流に乗っかるような形で慌ててメッセージを発信し始めたわけではないんです。2005年にこのマネジメントソリューションズ(以下、MSOL:エムソル)という会社を設立した時から「マネジメントの力で、社会のHappinessに貢献する」ことを理念にしてきましたし、その思いもあって渋澤さんの塾にも参加することにしたわけです。そうはいっても、起業当時は目の前にある案件を成功させることに夢中でした。具体性をもってこのテーマに取り組んだとは言い切れない時期もあったわけですが、昨年当社も東証一部上場企業となり、公器としての社会的責任がより一層問われる立場ともなりました。そこで今回、改めて渋澤さんと向き合い、いろいろな事柄についてお話ができればと考えたんです。
渋澤
なるほど。私には「高橋さんは忙しい人だなあ」という印象がいまだに残っています。第5期の塾が始まった頃は、欠席されることもありましたから(笑)。
高橋
すみません(苦笑)、当時はちょうどグローバル化へ向けての準備が始まった時期で、海外へ行く機会も多くて......。ただ、多忙という意味では渋澤さんのほうがはるかにタフなスケジュールではないかと想像します。会社経営だけでなく複数の公共的な法人のお仕事もなさり、さらにセミナーや勉強会の主催者・講師として全国を飛び回っていますよね。そのうえ、栄一さんが新一万円札の肖像に決まり、ご子孫としてもいろいろあるのではないかと想像しています。
渋澤
渋沢栄一は私にとって高祖父、つまりお爺さんのまたお爺さんですからね、直接会ったこともありませんし、私も父も自分の好きなように生き、働いてきたわけです。ですから、子孫だからといって何か強烈な思い入れがあったわけではないんですよ。一万円札のお話も、早くから聞かされていたわけでも何でもなく、知人がメールで「おめでとう」と言ってくれて、それで初めて知ったんです。最初は冗談かと思ったほどでした(笑)。
高橋
前にもお聞きしましたが、渋澤さんが栄一さんの思想などに本格的に影響を受けたのは、子どもの頃とか、社会人になってすぐとかではなく、だいぶ後になってからだったようですね。
渋澤
きっかけは私が40歳の時に自分の会社を立ち上げる時でした。投資の領域では結果が厳しく問われます。最前線にいた頃の私は短期的な成果を上げていくことに必死だったのですが、いざ経営者になることを決意したからには、もっといろいろ考えなければいけない。そう思って、あらためて高祖父の本などを読み返していくうちに、玄孫でありながらも「凄い」と感じて、皆とともに学ぶ場を開くようになったんです。「渋沢栄一は子孫に美田(財産)を残さなかった」という話は広く知られていますし、お金についても「よく集め、よく散ぜよ」の持論を体現していた人ですが、ありがたいことに価値ある言葉を財産として残してくれたんだな、と感謝しています。

渋澤栄一は、昨今のSDGsと企業経営の関わりを先取りしていた人と言える

高橋
どこかで耳にした又聞きですが、英語で言うカンパニーを「会社」と呼ぶようになったのは明治時代の初めで、そこにも渋沢栄一さんが絡んでいたとか。ソサエティーである「社会」をひっくり返すと「会社」になるわけで、偶然が生んだ産物なのかもしれませんが、もしも渋沢栄一さんが意識的にこの呼び名を多用して、それが日本に定着したのだとしたら、「そもそもカンパニーとソサエティーというものは表裏一体なのだ」というこだわりが働いたのではないかと、勝手に想像しているんです。会社を500も立ち上げた人物である一方で、600もの社会公共事業を立ち上げた方ですし、常に「合本主義」を主張されていた。株式会社だって社会の一部なんだという発想に大いに共感しています。
渋澤
私もよくインタビューや講演で話すのですが、栄一は「資本主義の父」などと呼ばれているけれども、当の本人が「資本主義」という言葉を用いた形跡は一切ないんです。高橋さんがおっしゃる通り、栄一は一貫して合本主義を唱えていた。社会にとって価値をつくるために「本」を合わせることですね。よりよい社会のために尽くすということはNGOやNPOだけにあてはまるものではなく、カンパニーだってそうなんだということ。そうした視座を150年も前から備えていた栄一は、ある意味、昨今のSDGsと企業経営の関わりを先取りしていた人だと言えるかもしれません。
高橋
そこです。今になって国連が重要な社会課題として17の項目を掲げたのは、とても価値ある一歩だと思いますが、この世界共通の課題がSDGsという総称でいつの間にか一人歩きを始め、なにか企業が美名を得るために「当社はSDGsへの貢献を経営理念にしています」などと唱えだしているのだとしたら、根本的におかしい。そもそも「会社は公益追求のための器」だったはずなんですから。
渋澤
近年では「資本主義を再定義すべきだ」という運動も、世界各地で盛んになっていますよね。「企業は株主の利益のために存在する」という考え方を続けてきた米国の経済団体でさえ、「そうではない。株主だけでなく従業員や取引先の人々、さらには地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらす責任がある」という主張をし始めています。いわゆる「ステークホルダー資本主義」というこの概念が、今年のダボス会議でも大きく取り上げられていました。
高橋
まさしく合本主義。
渋澤
その通り。つまり日本人にとってみれば、現代の資本主義の再定義は、原点回帰なんです。
高橋
温故知新ですね。日本は失われた30年の間、米国仕込みの資本主義に感化され、振り回されてきたけれども、そもそも私たちのDNAには「ステークホルダー資本主義≒合本主義」というのがあって、それを明快に言葉にして発信し、行動によって示していたのが渋沢栄一さんだった。私としてはMSOLという器を形成している社員や様々なステークホルダーと一緒になって、マネジメントという力で「社会」にも「会社」にも貢献していきたいと考えてきましたから、『論語と算盤』経営塾や栄一さんの著書を通じて知った様々な考え方に、大いに刺激を受け、後押しをしてもらっているんです。

サスティナブルという価値は自らの努力で手にしていかなければいけない

渋澤
それにしても、どうして企業はMSOLのような存在がないと、プロジェクトマネジメントをうまく回せないんでしょう?
高橋
様々な要因があると思いますが、日本企業の場合の多くは、あまりにもヒエラルキー型のタテ割り組織が確立されてしまい、その体制下で過去の成功を手にしてきた点が影響していると考えています。他部門や外部組織も参画しているプロジェクトのマネジメントを、仮に内部の社員さんが成功させたとしても、旧態依然の価値観がはびこる組織ではなかなか高い評価を得ることもできないので、やりがいや成長実感にもつながりにくくなっています。
渋澤
それならば投資の世界も同じですよ。日本のプレイヤーは前例がないと慎重になり、どうしても動きが遅くなる。今のような変化の時代には、前例がなくとも迅速に動くことが求められるのに、日本はいつも遅れをとっています。先ほど話した原点回帰や温故知新とは矛盾するように感じるかもしれないけれども、そうではなく、どうやら過去についても未来についても自分の目の届く範囲で判断をしているところがありますね。
高橋
長期的視点の重要性ということですよね。それをちゃんとわきまえているお客様もいるんです。自動車業界の変革で最前線を走っている企業の経営者のかたなどは「いつまでもMSOLに依存するのではなく、我々自身がプロジェクトマネジメント力というのをしっかり身につけ、そのうえでMSOLと一緒に価値を創っていくようにならないと」とおっしゃっています。私はこの考え方に強く賛同し、共感しているんです。MSOLはマネジメントのプロ集団として、多くの企業に不足している知見やスキルをソリューションの形で提供するビジネスをしていますから、「お客様がマネジメント力を身につけないでいてくれる方が儲かる」と考えることもできます(笑)。でも、それでは日本の産業自体の成長が限定的になってしまいますし、ひいてはMSOLの成長もまた加速していきません。「マネジメントの力で、社会にHappinessを」と発信するからには、長期的視点に基づいてお客様の成長にコミットし、その上で私たちも向上していくべきだと考えています。渋澤さんが長期的視点に立った投資の意義を発信しているのも似たような発想からなのではないですか?
渋澤
目先の儲けにばかり左右されるのではなく、長い目で世の中を見て投資をしていきましょう、というメッセージは、高橋さんの考え方と実によく似ています。これまた近年よく耳にするようになったサスティナビリティ、つまり継続性の価値に目を向ける意識は、今日のテーマである「社会にHappinessを」にもつながっていくかと思います。私はこの意識を2001年に911(アメリカ同時多発テロ事件)を体験したことから、強烈に感じるようになったんです。ともすると、平和に家族と暮らせていることを当たり前のように感じながら日々生きていた私は、「当たり前なんかじゃないんだ」と思い知らされたんです。投資であろうと企業活動であろうと、サスティナブルという価値は自らの努力で手にしていかなければいけない。そういう気づきが私の心のスイッチを押して、後のコモンズ投信の設立につながっていきました。
高橋
そうだったんですか。実は私も911がきっかけになって、人生を変えるスイッチが入った人間なんですよ。当時、前々職の米国系コンサルティングファームにいた私は、米国が示す様々なダイナミズムに憧れ、「そろそろ自分も米国のビジネススクールに行って、そこにある価値を取り込み、ビジネスパーソンとしてステップアップしたい」などとぼんやり考えていました。その矢先にニューヨークであの事件が起き、これをきっかけに米国社会が抱えていた様々な現実を目の当たりにすることになりました。先進国、つまり外に向けていた目線を自分の内側や、日本という内なるものに向けるきっかけになり、起業を前提にしたキャリア形成を本気で意識するようになったんです。

SDGsという言葉を、変化やイノベーションのきっかけとなるムーブメントに

渋澤
自分の中にあるスイッチがオンになること、あるいは目覚まし時計が鳴り始めるきっかけと表現してもいいかもしれませんね。これはとても大切なことですよね。自分がなんとなく目にしてきたものが、明日も明後日も当たり前に継続していくと思ったら大間違い。そこに気づくためにも内と外の両方を見つめている必要がある。
高橋
私はMSOLで一貫して自律的キャリア形成というものを社内外に発信しています。簡単にいえば、キャリアは自律的に築いていくべきものなのだから、入った会社に依存するのではなく良い意味で活用してほしい、ということ。活用したくなる価値がMSOLにあると考えるならば、ぜひ一緒に頑張りましょう、と言いたいし、逆に外にある価値を獲りに行きたいから転職する、というのならそれでも良いし、起業したいと思うなら応援したい。「外がいいか、内がいいか」ではありませんよね。外と内の両方を見つめ、スイッチが入ったのなら自律的に動いて自己を築いていってほしい。
渋澤
その通り。栄一も『論語と算盤』と言っています。『論語か算盤』じゃあない(笑)。もともと幕末には尊王攘夷派だったのに、パリ万博をその目で見た途端、魅了されて帰ってきたのが高祖父です。「これが良い」と思ったなら、それまでの持論を曲げ、生き方を改めたって良いし、一見矛盾するかのような2つのものを同時に追い求めたって良い。そういう意味ではSDGsという言葉、あるいはグレタ・トゥーンベリさんの言動が大きく報道されることも「スイッチが入るきっかけ」としては大きな意味があります。
高橋
たしかにそうですね。自社を売り込むためにSDGsという言葉を利用することには、大いに疑問を感じる私ですが、変化やイノベーションのきっかけとなるムーブメントになってくれるのであれば大歓迎です。
渋澤
私もこうしてSDGsのピンバッジをスーツに付けていますが、都内は言うに及ばず、例えばセミナーの仕事で地方に行った時などにも同じように付けている人を幾人も見かけます。それが認識の高まりを示すムーブメントならばそれで良し、ですよね。現代のムーンショット(※2)の象徴になれば、ここからイノベーションが起こる可能性は少なくない。
※2
実現不可能と思えても「こうありたい」と思える未来の目標。それを設定すること、またはその目標から逆算をして行動を起こすこと。
高橋
思えば15年前に「マネジメントのソリューション提供を事業にしていくため、会社を作る」と私が言い始めた時、その可能性を信じてくれた人はごくわずかでした。おそらく7割がたの人たちは「そんな事業でやっていけるのか」と懐疑的だったのですが、ようやくここまでたどり着くことができました。「Managementの力で社会のHappinessに貢献する」というMSOLのミッションをコンプリートするのは、ある意味、見果てぬムーンショットなのかもしれませんが、手応えは感じています。どうかこれからも良き相談相手になってください。
渋澤
私も自らの目標をサスティナブルに追い続けていきます。ともに頑張っていきましょう。

(対談日:2020年2月6日)

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