Management Issue Vol. 7

経営の民主化 経営教育の実際と課題

慶應義塾大学商学部 准教授 岩尾 俊兵氏
ハンブル・マネジメント 代表 宮田 一雄氏 
岩尾 俊兵氏
慶應義塾大学商学部 准教授

慶應義塾大学商学部准教授、東京大学博士(経営学)。専門はビジネスモデル・イノベーション、オペレーションズ・マネジメント、経営科学。著書に『イノベーションを生む"改善"』(有斐閣)、『日本"式"経営の逆襲』(日本経済新聞出版)、『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)など。第73回慶応義塾賞、第37回組織学会高宮賞著書部門、第36回組織学会高宮賞論文部門、第22回日本生産管理学会賞理論書部門ほか受賞。

宮田 一雄氏
ハンブル・マネジメント 代表

1977年富士通株式会社入社。システムエンジニアとして金融機関、通信キャリアの大規模基幹系システム構築のプロジェクトマネジャーとして27年間現場経験を積む。2004年より役員としてシステムインテグレーション事業の経営を担当。2011年よりSE子会社2社の社長として会社経営の経験を積み、2017年に富士通に戻り執行役員常務としてSEのデジタル人材育成や新規事業創出を担当。2018年より日本経済団体連合会、教育・大学革新推進委員会の企画部会長として、Society5.0人材育成分科会長などを務める。2021年4月よりハンブル・マネジメント代表として、企業の社外取締役や顧問としてのコンサルティング、ベンチャー企業の支援などを行なっている。

MSOLは2023年5月25日、「経営の民主化」をテーマにセミナーを開催しました。語り合ったのは、ハンブル・マネジメント代表の宮田一雄氏、慶應義塾大学商学部准教授の岩尾俊兵氏、そして当社代表取締役社長兼CEOの高橋信也の3人。セミナーでは鼎談を前に「日本社会の病理の真因は価値創造経営の喪失にあり」と題する岩尾氏の講演を行いました。

今、日本では経営者層の孤立や従業員層の困窮、イノベーションの不活性化などの深刻な問題が問われていますが、岩尾氏は「すべての問題は対立が形を変えたものであり、その背景にはカネ優位、ヒト劣位の経営」があると指摘。その解決のためには「価値有限の発想から、価値無限の発想への転換がカギ」だと述べています。もともと日本企業の強みは「価値創造の民主化」にあったのであり、これからは価値創造・価値無限思考の経営という発想を思い出し、「社内や家庭、学校で経営教育の民主化を図ることが重要だ」と岩尾氏は主張しています。こうした岩尾氏の主張をもとに、日本式経営の見直しや経営教育の在り方について、経営のプロフェッショナル3人による熱い議論が行われました。


アメリカ流の経営に日本式経営は本当に負けたのか?

高橋
これから世代の異なる3人で日本式経営や今後の経営教育の在り方について語り合っていきたいと思います。まず一番年長の宮田さんは富士通に長く勤められ、高度成長期やバブル崩壊も経験されています。80年代は日本式経営が海外から礼賛される一方、90年代後半からは打って変わってグローバルスタンダード経営が謳われ始めた時期でもありました。こうした変遷の中、日本式経営はどのように変わってきたとお考えですか。
宮田
私が経験した右肩上がりの時代は、モノに価値があったこともあり、コンピューターをどんどん売って、ソフトウェアをつくるというビジネスモデルがハマった時期でした。多くの失敗をしながらも、経営も積極投資にまい進することができたのです。何かマネジメントを学んでやったというよりも、目の前のことをがんばっていたら、自然とうまくいった。資本があるほうが強い、資本集約型の時代だったと言えます。
ところが、2000年代からモノがコモディティ化し、サービスが主流になっていく時代の中、よいモノをたくさん売るというビジネスモデルが成り立たなくなってきました。当時は私も50代になって、上の立場になりマネジメントの勉強を始めましたが、目の前の仕事で手一杯。結果的にサービス型ビジネスへの転換ができないまま、事業も次第に右肩下がりになっていったのです。外部環境の変化があったときは、上の立場の人たちを教育しても、価値を生み出す現場を意識改革しなければ何も変わりません。現場の1人ひとりが価値を生み出すという意識が当時は欠けていたと考えています。
高橋
宮田さんがおっしゃったように80年代までは、目の前の仕事に取り組んでいれば、価値を生み出すことができたし、成長することもできた。こうした中で、日本企業はハードからソフトへの転換が遅れたと指摘されるわけですが、私の経験からすれば、それはアメリカの企業も同様でした。もし本当に転換するなら一度会社をつぶすくらいの気構えが必要だった。ただ、私が気になるのは、そこで日本の企業が自信を失ってしまったことです。いわば、80年代までに成功してきた日本式経営のコアな部分に目が向けられなくなり、自分の強みが何なのか。わからなくなってしまったのです。
その一方で、90年代後半からグローバルスタンダード経営というアメリカ流の経営理論を日本企業は信奉するようになりました。しかし、アメリカ流の経営手法を取り入れても、日本企業にはなかなか合わないわけです。そこで本来はおかしいと気づくべきだったのですが、見て見ぬふりをしてきた。岩尾さんは『日本"式"経営の逆襲』(日本経済新聞出版)という本を書かれていますが、日本式経営について今、どう考えればいいとお考えですか。

なぜ日本の経営者は自信を持てないのか
本来、日本企業の強みとは何か

岩尾
日本企業は結果として日本式経営を捨てることになりましたが、それは国際社会がそうさせた面もあるかもしれません。日本式経営は人が価値創造の主役であるという考え方が中心にあります。しかし、85年のプラザ合意をきっかけに円高に誘導されることになりました。その結果どうなったのかと言えば、円のお金の価値は上がりましたが、働く人たちの価値が相対的に下がってしまった。日本企業は円高によって生産拠点を海外に移し、海外で投資を進め、国内では人が価値の中心となる経営をしなくなってしまったのです。
一方、アメリカでは、レーガン政権の元商務長官の名を冠したマルコム・ボルドリッジ賞という優れた経営システムを持つ企業を大統領が表彰する賞を97年に創設し、人に価値の中心を置く企業を奨励するようになったのです。そこでは日本式経営のエッセンスを取り入れた企業が成長し、表彰されていたのです。
高橋
岩尾さんがおっしゃるように、アメリカではピーター・ドラッカーを始め、多くの経営学者が80年代の日本企業の成功事例を研究し、経営理論化していきました。4つの視点から経営戦略を立案する「バランススコアカード」もその1つです。皆さんがアメリカで生まれた経営理論として使っているものも、実際には日本式経営から生まれたものであるわけです。
実は私は大学時代から日本式経営に関心を持ち、研究を進めてきました。経営学者の三戸公さん(立教大学名誉教授)は『家の論理』という本を著していますが、日本式経営の源流は江戸時代、またはそれ以前からの日本の文化・伝統に培われた家を繁栄させていくためのマネジメントの論理にあると説いています。つまり、日本では家を繁栄させるように企業を繁栄させてきたというわけです。私はこうした日本の強みを今の経営者が忘れているのではないか、それが自信のなさにつながっているのではないか。そう考えているのです。私たちはもっと日本式経営の良さを見直してもいいのではないか。その点、岩尾さんは経営学者としてどう考えていますか。
岩尾
日本の経営学者にも日本式経営を評価している方はいます。しかし、大半の学者は自らの理論を物理学のように普遍化したい、世界に通じる理論にしたいという考えを持っています。ですから、国ごとの文脈や事情を考慮に入れないようにして経営理論を打ち立てようとするのです。
日本人の学者が日本企業を論じても得るものは多くありません。私も『日本"式"経営の逆襲』を書いたとき、今さら日本企業論を若手が論じるのはどういうことなのかと批判を受けました。確かにご批判のとおりかもしれないけれど、私は今、日本のために考えるべき経営理論があってもいいと考えています。

普遍的な理論があれば個別の理論があってもいい

高橋
アメリカでは汎用的、普遍的な経営理論を生み出すことが良しとされますが、私は経営とは各国、各企業で個別のものであり、その個別課題のひとつひとつに経営は応えていくべきだと考えています。もちろん私もアメリカの経営理論を勉強してきましたが、国を問わない普遍的な理論がある一方で、国によって個別の理論があってもいいのではないかと思っているのです。その意味で、宮田さんは経営者としての経験からどう見られていますか。
宮田
私も高橋さんと同じく、なぜ日本の経営学者が日本企業の良さを研究して、アカデミアの立場から一般向けに説明してくれないのかというモヤモヤした思いを持っています。 もちろん日本でも『知識創造企業』を著した野中郁次郎さん(一橋大学名誉教授)のように日本企業の事例をもとに世界的な経営理論を確立した経営学者もいらっしゃいます。 しかし、日本の経営陣の多くは欧米の経営理論ばかりを現場に押し付け、結局空回りしているような状況に陥っています。そのようなとき若手経営学者である岩尾さんが『日本"式"経営の逆襲』を出されたことで、日本式経営が見直されることにとても期待しているのです。
高橋
他方、経営者としてのご経験から、宮田さんはご自身の反省点についてはどう考えていらっしゃいますか。
宮田
自分の経験からすれば、規範的判断力が足りなかったのではないか思っています。どれが本当に正しい答えなのかわからない中で、現場の皆を納得させて一致団結して動けるようにリードする力が足らなかった。自分ではそうしなければならないとわかっていても、どうしてもできなかった。私は50代から経営陣の一員となり、マネジメントの勉強を始めましたが、本来は30~40代から始めておけばよかったと思っています。自分が会社の中で力を持ったのが50代前後でしたから、もう失敗できない立場にあった。そのため、目の前の仕事に追われ、大きな視点から判断することが不足していたのです。

経営やマネジメントは人生と一緒だと考える

高橋
宮田さんが言われるように、日本の大企業ではマネジメントを学ぶのはどうしても50代前後になってしまいます。では、ビジネスパーソンの皆さんが若い頃から、経営やマネジメントについて勉強するにはどうすればいいのか、あるいは多くの人がマネジメントを学べるように、どう民主化していけばいいと岩尾さんはお考えですか。
岩尾
根本的にマネジメントは価値創造という究極の目標に向けて、どのように対立をなくしていくのかという視点が必要です。しかし、そうはいっても人間ですから、ときには落ち込むときもあります。そのようなときは経営やマネジメントも人生と一緒であり、試行錯誤の連続だと考えればいい。長い人生と同じように経営やマネジメントを考えればいいのです。
こうした考えをもとに私は昨年『13歳からの経営の教科書』を著しましたが、13歳と言わずにさまざまな世代の方々に読んでもらって、マネジメントについて考えてほしいと思っています。この本は誰にでも読めることを目指して、経営を物語で疑似体験できるライトノベルと教科書の二本立て構成にしました。

最近は、もっと簡単に経営マインドを身に着けて頂けるように、この本とは別に、「問題解決の三角形」と「七転八起の四角形」という思考フレームワークを開発して、商業的な権利を放棄して公開しました。このフレームワークは、日常生活から会社や職場の問題解決にも使えるもので、経営マインドが身に付けることができます。例えば、悩みはなんらかの対立から生まれるものです。それに対して、自分の目標や幸せがあります。これを「問題解決の三角形」を使って考えてみると、例えば、飲食店経営で問題として「インフレで飲食店経営は厳しい」という悩みがあったとします。それを解決するためには「値段を上げる」ことと「値段を維持する」という対立点があり悩みが生じます。一方、自分の目標は「お店を続けられる」ことにありますが、それには「利益率を維持できる」ことと「常連さんを逃さない」ということが条件となります。このように整理して考えていくと、例えば、「値段を維持したまま広告費を削減し、常連さんにSNS拡散を手伝っていただく」という解決策が出てくるのです。

これ以外にも皆さんはさまざまな問題解決策を思い付くと思います。ほかにも「七転八起の四角形」では、出来事(起こったこと)から、出来事のプラスの側面(良かった部分)、出来事のマイナスの側面(良くない部分)を整理し、出来事への対処(マイナスを取り除く方法)を考えていく方法も紹介しています。いずれも人生や会社をマネジメントしていくうえで、問題解決に対する基本的な知識が身に付くようになっています。

日本のベンチャーを増やすには支援よりも教育が大事

高橋
岩尾さんが言われるように、マネジメントを勉強するために最初から専門書を読まなくてもいいのです。マネジメントは多面的な要素から導かれる答えを突き詰めて考えていくというものです。それは会社でなくとも子どもの頃から日常生活で学ぶことができるはずです。
今は多くの若者が起業し、ベンチャーブームの様相を呈しています。私自身も若手を支援したいといくつかのベンチャーに出資していますが、彼らを見ているとやはり経営教育が足りていません。経営コンサルタントである冨山和彦さんが会長を務められている日本取締役協会というコーポレートガバナンスの普及を目指した団体があります。そこに私も委員として参加することになったのですが、日本では基本的な経営教育が足りないと実感します。MBAまでいかなくとも、基本的な考えや知識が不足しているのです。しかも、どこで勉強すればいいのか悩んでいる若手が少なくありません。
岩尾
それを私は『13歳からの経営の教科書』で実現したかったのです。目標は全国の学級文庫に自分の本を入れることです。今、アメリカですごい経営者が多く生まれていると言われますが、そのほとんどが実はユダヤ系の経営者です。彼らはなぜ優れた経営者になるのか。それは彼らが子どもの頃から、ユダヤ教の「タルムード」という聖典を読んでいるからなのです。
タルムードには「種を食べるときは半分残して、植えなさい」というように経営教育に通じる教えが説かれています。つまり、幼いころから疑似的な経営教育を受けているのです。例えば、イスラエルは国民1人当たりのユニコーン企業数は世界一ですが、その一方でベンチャー支援の環境は日本と並んで世界でも下位にあります。いわば、ベンチャーを増やしていくには支援よりも教育が大事だということが言えるのです。
高橋
どのような時代や社会であれ、私たちが生き残っていくにはお金が必要です。事業も同様に経営をするには最終的にお金が必要であり、時間軸や人間関係の中から、いろいろな要素を考えて、お金にどうつなげていくかを考えていかなければなりません。


経営教育の民主化によって価値有限から価値無限の思考へ

岩尾
日本の小中学校でも金融教育が行われるようになりました。しかし、お金を稼ぐにはまず価値をつくらなければなりません。価値創造を続けるためにお金は必要ですが、目標はあくまで価値創造であり、次にお金が必要だという順番で考えることが大事だと思います。お金がすべてであるという考え方であれば、必ずどこかでブレが生じてくるはずです。
宮田
松下幸之助も『社員稼業』の中で、社員はサラリーマンではなく、1人ひとりが個人商店の事業主であるという気構えを持つことが大事だと言っています。まさしく個人として価値を生むべきだと言っているのです。
高橋
経営教育と言ったときには、どこかにフォーカスを当てる必要があるかもしれません。その意味ではアントレプレナーや中小企業、個人商店の立場から考えることが有効かもしれません。私は個人的にミュージシャンの支援を行っていますが、経営のことをまったく知らなくても勉強すれば、彼らのように相応にできるようになることを実感しました。実際、私の経営している音楽スクールで、経営の素人であるドラマーに会社代表になってもらい、予算と実績の対比、宣伝や客数についてもKPIに基づいて月次報告させていますが、教育すればするほど経営の知識は高まっていくのです。これまで経営教育がなぜ広まらなかったのかといえば、必要と感じる人たちが少なかったからかもしれません。その点で、これからは人生にも職場にも経営やマネジメントの考え方が必要だと喚起させることが大切になってきます。そのためにも大学は学生たちを喚起させる場であってほしいですね。
岩尾
学生でも経営教育を必要だと感じる人は、家が商売や事業をやっている学生たちが多いですね。一方で、サラリーマン家庭でも、弁護士や芸術家、ミュージシャン、小説家などを目指している人、つまり、ゼロから価値を生み出そうとしている人は経営教育に敏感であり、価値有限思考ではなく、価値無限思考を持っています。これから新しい価値を創造して、自分の夢や目標を実現したいと考えている人は、熱意や情熱ともに、ぜひ経営について関心を持っていただきたいですね。

(対談日:2023年5月25日)

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