高橋
そうした場づくりが必要なのかもしれませんね。最近ではオンライン研修なども行っていますが、対面でなければリーダーシップ教育は難しい面もあります。
安渕
例えば、チームの連帯感をどうやってつくっていくのか。あるいは、チーム間のコミュニケーション、とくにスタッフからマネージャーへのコミュニケーションをどう行っていくのか。今はコロナ禍でオンラインが中心となって、なかなか理想的な場を持つことができません。その対策として、私たちの会社では、それぞれのマネジャーとチームがどう働くべきか。あるいは、どんなコミュニケーションをとればいいのか。それらをまとめた「チームアグリーメント」をつくることを試みています。
高橋
コロナ禍の中、多くの企業ではさまざまな試行錯誤が続いていますが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進についても大きな課題となっています。とくにDXそのものというよりも、それ以前の問題として組織や業務を変革していく意識が経営者に足りないように思います。その原因はヒエラルキーや企業体質に問題があるのではないかと私は考えているのですが、安渕さんはいかがでしょうか。
安渕
日本企業とグローバル企業の違いの1つは、日本企業のウェブサイトでは細かい組織図をよく目にしますが、グローバル企業のウェブサイトでは組織図にお目にかかったことがないということです。なぜなら組織は常に変化していくものであり、どのような組織をつくるか、それ自体が戦略だからです。
高橋
言われてみればそうですね。アメリカの経営史学者であるアルフレッド・チャンドラーがまさに「組織は戦略に従う」と主張していますが、最近では戦略に合わせて俊敏な組織をつくったほうが早いと言われていますね。
会社や組織が「居場所」になっていないか
安渕
今の社長やCEOが本当に人材を適材適所に動かしているのかどうか。日本の組織では思ったように人を動かせないこともあるのでしょう。
高橋
大前研一さんの著書に『悪魔のサイクル』という処女作があるのですが、その中で「日本企業の経営者は神輿に担がれている」からリーダーとして不十分であるといったことが指摘されています。この著書が刊行されたのは実に40年以上前のことです。にもかかわらず、今もその内実はほとんど変わっていません。
安渕
人事で重要なことは正確な評価とフィードバックです。しかし日本企業では、例えば、チームの責任者が人事評価をする際、"裁判官"になってしまう傾向があります。しかも、裁判官ほど中立でもないし、明晰でもない。むしろ、人事評価の目的は裁判官になるのではなく、適切なパフォーマンスを出せるように成長させるためのアドバイスの場であるべきです。そもそも仕事のキャリアは自分でつくるもの。自分は将来何をやりたいのか。そのやりたいことと会社の方向性をどの程度一致させていけるのか。それを本来は「エンゲージメント」と言うのです。これは私たちの会社でもよく言っていることです。
高橋
私たちも自律的なキャリア形成を目指すことを社員に薦めており、とても大切なことだと考えています。ここ5年ほど九州大学で学生向けに特別講義を行っているのですが、最近のテーマは「キャリアマネジメント」です。私の会社でも新卒に対しプロジェクトマネジメント(PM)は汎用的なスキルであり、少なくとも3年働いたら、やめてもいいと言っています。実力がつけば大手に行ってもいい。その一方、いろんな世界を見て、もう一度会社に戻ってきてもいいとも言っています。実際、今年は新卒1期生が戻ってきました。そうした会社の考えを伝えるため、MSOL憲章もつくりました。今、安渕さんがおっしゃったことがもっと社会に広がらないと会社や組織が「居場所」になってしまう。まさに日本の会社は江戸時代の藩と同じようなものになっているのです。若い人も組織に属することが美徳であるという考えが根深くあるように思います。
トップが率先垂範すれば、組織は動く
安渕
例えば、江戸時代でも剣術道場で鍛錬して強くなれば、もっと強い人と他流試合したくなるのは普通のことでしょう。それを現代風に言えば、グローバルな視点で自分の実力を試していくということになる。私がハーバードにMBA留学したのも、まさにそのためです。商社時代にロンドンで金融の仕事をする中で、将来ライバルとなるような人と勝負してみたくなったのです。広い世界を知り、自分にはどんな力があるのか。まさに自分の強みを探すために留学したのです。
高橋
ただ日本にいると、どうしても目の前のことに追われてしまう。情報についても国内ばかりに目が行って、なかなか外に目が向きません。いかに外に目を向け、広い視点を得るのか。とくに若い人は考えるべきでしょうね。
安渕
それぞれの従業員が自分の人生で目指しているものがあったとして、そのために必要なものは何か。SDGsの観点から考えれば、第一に必要なものは健康です。健康は個人にとどまりません。企業も「健康経営」を実践すれば、そこを評価した人が集まってきます。その結果として企業の持続可能性も高まっていく。そうしたさまざまなストーリーを経営者が語っていくことで、それぞれの従業員が自分たちのやっていることの意義をより感じるようなる。何のために仕事をしているのか。繰り返し伝えていく。そのためには率先垂範、トップ自ら実践して示していくことが必要です。そうすれば自然と組織は動き出していくのです。
PMはマネジメントプラクティスとして重要
高橋
ただ一方で、トップ自身の勉強不足も懸念されます。とくにDXについては自ら進んで学ぼうとする経営者が少ないように思います。
安渕
例えば、投資家は社長やCEOと対話して投資するかどうかを判断します。その際、重要なディテールはすべてトップ自らが話して、投資家に説明しなければなりません。DXやSDGsについてもトップ自ら語らなければ、投資家は納得しないでしょうね。
高橋
投資家はトップが事業を構造的に理解しているのかを見ています。しかし、DXやSDGsについて戦略的に語ることができる経営者はまだ少ないように見えます。それはリーダーシップ教育を受ける場が少ないことが関係しているのかもしれません。その意味でも、経営者候補こそ、PMを学ぶべきです。日本企業ではPMは組織横断的に取り組まれるため、PMの専任者はなかなか評価されにくい。しかし、アメリカではPMはプロフェッショナルな仕事として認知されており、経営者に欠かせないスキルとなっています。
安渕
PMは、時間とリソースに制約がある中で目的を達成していくものです。これをきちんとできるかどうか。PMはマネジメントプラクティスとして非常に重要なものです。GEでもさまざまなPMをこなす中で、マネジメント能力を磨いています。今はグローバル企業でもプロジェクトベースで仕事を回していくことが普通になっていますね。
自分の哲学をもつことが人生を豊かにしていく
高橋
日本企業にはPMを完遂できる人材が本当に少ない。私たちの会社ではPMのコンサルティングを行っていますが、PMをもとに多くの企業でもリーダーシップ教育を真剣に取り組んでいくことが不可欠だと思います。
安渕
リーダーシップはリーダーシップジャーニーと言われるように生涯を通じて学び続けるものです。私の生涯のテーマも学び続けること。それが充実した人生を生きていくことにつながっていくと思うからです。仕事のことも、それ以外のことも学び続ける。とくに経営者として社会に関わっていくには、少なくとも50歳くらいから自分を社会に開いていくことが重要になります。私は現在、NPO法人が運営する大学院大学である至善館の理事のほか、さまざまな社会活動に携わっています。企業の中で人生を閉じるのではなく、社会に向かって自分を開けば、行動も変わっていきます。生涯を満足しながら過ごし、社会の役に立っていくためには、社会との接点を増やしていくことが必要なのです。
高橋
そうした自分の哲学を持つことが人生を豊かにしていく。そのために社会人の学びを促すリカレント教育を普及させることも必要でしょう。私も学び続け、考えることが大好きです。考えて疑問に思うことを解明するために学ぶ。「なぜだろう」「何がおかしいのか」。そうしたモチベーションを若い人たちにも伝えていきたいですね。
(対談日:2021年7月7日)